今週のお題「心に残った本」:三浦綾子「塩狩峠」

今週のお題「心に残った本」

 今までの人生で、もっとも心が震えた一冊です。

 主人公の境遇説明には、「キリスト教」を抜きにして語れないのですが、それにしても普通の純朴な一般人です。人並みな悩み、苦労、性的煩悩など乗り越えて成長し、北海道に就職し、普通の慎ましやかな生活が始まります。この北海道への移住については、幼少からの親友がきっかけとなっているのですが、彼は、その親友の妹に心を奪われます。

 その親友の妹は、当時不治の病とされた「脊椎カリエス」を煩っている。本人も覚悟し、家族も、一生を見取る覚悟で精一杯生きている。ですが彼は彼女の中に人間としての明るさに強烈に惹かれる。そして、親友に妹を嫁にくれと申し出るのです。実は彼は、そのとき上司の娘との婚約を周囲から強く勧められ、その娘もいい人間性の持ち主で、いわば約束された幸せの切符を提示されているんです。ですが、自分の心の声に従い、親友の、不治の病の妹を娶る決意をするのです。

 

 親友の妹は、生きる希望を得て、病状が飛躍的に改善してゆきます。本当の希望の光を得たかのように、ますます美しくなっていきます。そして、結納の日となり、運命が訪れます。

 出先から、結納のために戻る列車に乗った主人公。その列車が事故に遭います。大勢乗り合わせた客車が峠を逆方向にすべりだしてしまいます。大慌てでなんとかしなければなりません。客車の中には、老若男女いろんな人が乗っていてなんとかしなけらばならない・・。彼は、自分の身をが客車の下敷きに置き、列車とくい止めて、みんなの命を救います。そして、命を落とします。実は彼の職業は、鉄道員だったのです。鉄道員の傍ら、婚約者の信じるキリスト教を知り、ボランティアで各地を回ってた・・・、その帰りの事故だったのです。

 あらすじは単純ですが、読むと一気に引き込まれます。僕もあらすじを人から聞いたうえで読んで強く感動しました。ある人は、「主人公は、キリスト教によって殺された」といいました。そうなのかもしれません。自己犠牲を美化しただけだと。結納の直前に事故・・・なんて・・・あまりにもドラマティックですからね。しかし、主人公は、たくさんの命を救ったという仕事をしたのです。人としての最高の仕事をしたのです。泣きたくなるくらい、美しい仕事をしたのです。

 

 


 このたびの、東日本大震災、それと津波による被害、そして福島原発による被害。これらを何の見返りもなく、自らの命を投げ打って多くの人の命を救った方々の話をよく伺います。数多くの犠牲者のなかには、この本の主人公のように、自分の命を実際失ってまで、人々を助けようとしてくれた方が大勢おられるのです。それを思うとき、涙がこぼれる・・。命を投げ打った方にも・・・・家族がおられただろうにと・・・・。


 こういう尊い命をなくしたことについては、生き残ったものが「覚えておく」ということが何よりのことではないでしょうか。最後に、この本の話に戻りますが、クライマックスは、事故現場の塩狩峠に婚約者が訪問します。葬式でも涙を見せなかった彼女が、一気にそこで慟哭します。そこで話は終わります。私たち国民は、震災を体験して、まだ本当の慟哭が残されているのだなと・・・思いました。

塩狩峠 (新潮文庫)

塩狩峠 (新潮文庫)